一人旅 パート8(NZ オーストラリア)

  • 2010.08.21 Saturday
  • 20:39
さて、約一月にもおよぶ ニュージラーンド北島〜南島への旅は終わりにして

カンタス航空で オーストラリア南にある都市 メルボルンへと向かった。
この時の記憶は どうやって飛行機のってメルボルンの空港がどんなだったかの記憶は ない!

しかし、メルボルンも泊まるとこすら決めないで 勝手についた日に安宿だかを探して決めたんだな。
重い荷物を持って よくもまあやったもんだ。

メルボルンにも数日は滞在した。
一番覚えてるのは ペンギンが海からあがってくる海岸までバスで行ったことだ。

バスで向かう途中に 見えるのは ユーカリの木 その木の上の方によーくみると コアラがいるではないか。。
これが 生で自然体で初めて見たコアラだ。

写真を撮ったが ユーカリの木は意外にも高く コアラは小さくしかうつってないしね。




(写真は 全く関係ない 最近であった猫太郎。この姿が好きで)

バスで向かったのは フィリップ島 http://japanese.visitmelbourne.com/melbourne/victoria/phillip-island-australia.html
こんなサイトがあったから載せておこう。

海岸にたつと そこは砂浜。
そこに海の中から 数えれないほどの大量のペンギンが陸地へと泳いであがってくるのだ。
人間慣れしてるのか?
私の横も平気に すたすたと。。。歩いていく。

これまた 初めての光景で。。。
驚きましたね。
生のペンギン。。
今まで動物園でしか観たことなかったのに。。。

かわいかったな。。。

でも、本当はニュージーランドもそうだったが 羊が多すぎて気持ち悪く感じた。
ここ、メルボルンでも ペンギンが多すぎて海からあがってくるのも、人間にとっては脅威を感じてしまうのだ。

でも、これが自分の知らなかった 自然の摂理。

本当に知らないできたことが 多いものだ。

それは今でも まだまだこの地球上のこと ほとんど知らないで生きてるのだろうが。
こうして ひとつづつ 発見をするたびに自分の中に宝物が増えていってるような気がするのだ。

メルボルンでも食べていたのは フィッシュアンドチップ!

さあ、もう少し記憶を活性させますね。

一人旅 パート7(NZ オーストラリア)

  • 2010.08.19 Thursday
  • 20:53
いや。。。。。。

今日、ただこのニュージーランド オーストラリアだけの旅の記憶を過去にさかのぼって読んでみたが、まあいとも簡単にこんな途中で
放置していました。。。

読まれていた方 申し訳ないって感じですね。

ごめんなさーーーい


ものすごい記憶をさかのぼって 唯一生きてる脳細胞で続きを書きますね。

※ここから読まれる方 これは10年以上も前の旅であり 自分が大学生のときにお金を貯めての初海外の一人旅のお話なのです。

♡♡。。。。。♡♡

クライストチャーチはかわいい教会がある街で
何処にいっても絵になる。。。
今思うと この時の写真って 私何処にあるんだろうか?
きっと、実家の納屋か?

ここからは またバスに乗ってミルフォードサウンドに向かったのだが、途中の何処の小さな街だか 1泊した記憶がある。
マウントクックには行かなかったが、この下の方の
氷河の湖の 見たことのない絵の具をたらしたような緑の色。。。

忘れられないな。。。

そして名前は分からないがまるでストックのような紫や黄色やピンクの花。




(写真は NZのものとは違い 夏の秋谷)

これらがバスに乗っていても 窓の景色でものすごく美しかった。

きっと、今私がカメラを持って旅したら 何ヶ月まで帰ってこないだろうか?
そう思うほど 綺麗な景色だった。。。

バスでミルフォードサウンドに向かって

やはり そこは真夏の季節とはいえ ものすごく寒く。
ジャンバーは必要だった。
今でも覚えてる 紅赤のジャンバーでそれでも寒かったことを。

ここでは船に乗り換えて このフィヨルド海岸の光景を見るツアーだかにでた。

初めて見るこの海岸の景色。

海から切り立つように山が ザクザクと。。。。
そして決してもときた入り江が分からないかのような この海岸線。

目の前には 岸辺にアザラシが普通にいる。。。

このときに 自分はどんだけ日本から遠い場所に来たのか?
感じたものだった。

この海から見るコースと 山の尾根を歩くトレッキングコースもあった。
またきっと それも行ったら感動したんだろうな。。。

そして、この船でなぜだか縁がありであったのが シドニーに住む夫婦だった。
ハネムーンにきていたこの二人と なぜだか私は仲が良くなり
その後 数ヶ月後にシドニーを訪れたときには こちらのお家におよばれしたのだ。

しかし、この頃は携帯電話もなく まあどうやってまめに移動中に連絡をしていたのか?
今から思うと不思議でならない。

その後の人生で フィヨルド海岸はきっとこの時が初めてだったろう。。。そして、今も。。。。

地球って 誠に 不思議でわくわくして 面白い。。。。

心の何処かを ぐぐぐ、、、、ってくすぐるところがあるのです。

ミルフォードにいたのは一日だったろう。。
ここでの滞在を終えて また私は性懲りもなくバスに身を委ねて
北上したのだ。

しかし、今だと全部飛行機で移動するだろうな。。。

そんなことも思いながら この国で買ったお土産は シープの敷物と毛糸だった。
まだこれから オーストラリアへの旅が始まると言うのによくもああ、敷物なんてかさ張るもの買ったこと。

ニュージーランドの至る所で 自分の色彩感覚はつけられた想いもする。
それほど、が  自然の色が お花から 山から 空から
お家から 何から何までかわいく 感動したこと。


一人旅 パート6(オーストラリア、NZ)

  • 2009.06.23 Tuesday
  • 15:12
さーーて、

NZの北の島から 南の島へと  フェリーで渡る。

フェリーの中の 軽食は  まずい。。。うん、食べれない。

まああきらめて、一人の旅が始まるのだ。

港に着いて、そこからどうやって  バス乗り場に行ったかなど?
今頃思い出すことも出来ない。

しかし、バスに乗ったのだ。

そして、南の島の クライストチャーチを目指していった。

NZで一番御感動するのは 何よりも 街が全て 絵本の中のように かわいいのである。

クライストチャーチでは ユースホステルに宿泊。

ここは、二段ベットがある大部屋で そこに寝泊まりする訳だが、キッチンとかもついてあり。

材料を買ってくれば自炊は可能。

この街での一番の失敗は、食事。。。。

なんだかライスが食べたくなって、スーパーの デリコーナーで ライスがあった。

注文したらそのライスに  ドレッシングがかけられて  油ぎとぎと 冷たいライスサラダででてきた。

一口口にいれたが、これほどまずいものは食べたことはない。。。

これでは先が思いやられるのだった。

いやいや、食事には困らされたのだ。

ユースでは同じように、各国から旅に来ている  若者たちが 宿泊していた。

そこでも 初めて会う人ばかりだが みんな次に向かう予定など話して 情報交換をしているのだ。

あの店は良かった。とか。。。

一人旅にはこういう場所が一番、仲間が出来ていいものだ。

シンガポールから来たという同年代の女性と私は 何故か縁があって 少し


一緒にご飯を食べにいったりしたものだ。

しかし、NZの 家庭での食事は 食べれたが。

外では、なかなか、、、、苦しんだな。

最終的に 落ち着いてこれならいけると感じたのが

フィッシュ アンド チップ

これも、相当な量があり。十分 夕食になるほどのボリュームだった。

クライストチャーチには 古い教会もたくさんあって 見所は いくらでも。

空も綺麗だし、花も綺麗。。。

一人旅は始まったばかりだが、さすがに食事で 参ってる私にはこの辺あたりから

ホームシックにかかってきたのだ。

さあ、クライストチャーチから今度は クイーンズタウンへと  また

バスの旅が始まるのだ。

考えてみたら、日本の北海道から 九州まで バスで 移動してることになるのだ。


あーーーーーー、若かったな。。。。(笑い)

そして、今思うと  時間が十分あったのだ。
これは財産であったな。。

一人旅 パート5 (オーストラリア、NZ)

  • 2009.06.15 Monday
  • 20:32
さて。
この旅は長いのだ、相当はしょってることだろうが、我慢してください。

なんせ 20歳の頃の 出来事なので。

バスで NZ北の島を 南下していき 数日後に  ウエリントンに ついたのだ。

ウエリントンでこの文通相手の女の子と会う段取りに、お互い写真だけ送ってあった。

記憶が明確じゃないが、どこか 目印の 場所でであったのだ。

大きな体の 男性と現れた、かわいい 女性だった。

私と同じくらいの女の子。彼氏という人物と現れたが 職業がポリスだったので頼もしくも

頼りがいのあることだった。

お家へ車で連れて行ってもらって、ウエリントンの郊外、一軒家で兄弟は4人そしてパパとママ

の出会いがそこでは  待っていた。

初めての初めての 異国での 旅ではなく今度は生活が少し始まったのだ。

私は女姉妹の同じ部屋に ベットを作ってくれていて ともに 寝起きをしたのだ。

ここでの生活で一番砲撃的だったのが、

食事の用意で。。。食器を洗うのに 洗剤で洗って 水で洗い流さないことだった

えーーーーーどうするの?


って そのまま洗剤がついたまま 布巾でお皿を ふくのだ。

いくらふくとはいっても、ちょっと 抵抗があったのである。

家族みんなで 食事の後は 片付けをして 食事の用意をした ママは休憩。

すごく素敵な 家族の バランスも出来ていた。

友人の彼氏(ポリス)もおおきな体で 一緒にお皿を洗う。


そして、私の毎日の難問は  ベットメイキング。
さすがこれは 向こうでは 子供の頃からのしつけなのか?  子供でも ちゃんと

ぴしーーーって出来るんですよね。
私なんてこっちを引っ張ると、あっちがずれて。

うまくいかないのだ。

まあ滞在中結局 うまくはいかなかったのだが。

私はここのお家で 日本料理を 披露した。

そう、メニューはそこの国でもある食材を使うこと。

お醤油は日本から持っていった気がする。

肉じゃがを作って すごく  喜ばれた。

うれしかったな。。。。

たくさんの 家族の中で 自分のつくった 肉じゃがを すごく


「うん、いける」

といって  恐る恐る食べてくれる 姿は 今でも  思い出せる光景だ。

さてここで2週間はいただろう。

そして、ここを拠点にして
私はこれから、NZの 南の島の 一人旅がまた始まるのだ。

書いてるうちにだんだん思い出してきたが、


この家に 荷物は置かせてもらい、出来るだけ少なくして 一人旅が出来るようにした。

ほとんどの人は  飛行機で飛ぶのだろうが、私は  フェリーで移動したのだ。


南への旅の前に ママが ジャンバーを貸してくれた。それも分厚い。

この時期 NZは 夏なのに????

そう、一番南に向かう目的地は ミルフォードサウンド 。


私は どれほどこの位置が南極に近いか?

わかっていなかったのだ。

このお家で少し 旅先の知識をいれて 向かうことになった。

まるで毎晩 地図を ベットに広げて 作戦会議をしてるかのようだった。

この辺りで、おきづきか?

英語での会話は平気だったか?

OH! NO!!

特に NZの英語は思い切り なまっていて  レディー  がどうやっても

リャディーに聞こえるのだ。この言葉を理解するのに なんど 辞書を引いて 相手にみせて

理解できるようになったことか?

それから、こんな単純な単語がこうも違うんだということに  はた と気がつかされて

それからは 聞いたことがない単語を耳にすると 辞書を 相手に引かせて その文字を見て

理解していたという。すごいこの 英語力のなさ。

しかし、どうやっても  通じて生きて生けれるものなのだ。それだけはわかった。


さあ、次回はフェリーで渡って  南島の 一人旅を書くとしましょう。

初 一人旅パート4 オークランド

  • 2009.06.10 Wednesday
  • 18:26
さて、オークランドの 街へとついたのは まだ日が暮れる前で良かった。

はじめの 一泊目から ホテルは決めていなかった、おほほ!!(笑うしかない)

空港でのトラブルのおかげで 時間も遅くなりだんだん日が暮れていく


ふあーーーーーーん。

そう、心はこの  一文字!!

片手に地球の歩き方持ち、重い荷物を担いで、めぼしい安宿にいざ進め。

なんとまあ 今思うと  冒険チックな?

向こうから、無謀  という声が聞こえそうです



そして 一件の安宿に 宿泊が出来た。

しかし まあ日本と違って 道一つストリート 超えるだけでも 偉い距離があるのだ。

まあこれはその後の海外を回るようになり、当たり前としてとらえてるが

日本が異常に ストーリートとストリートの間が短いだけだ。


はじめの宿で なにをかって食べたのだろうか?

さあ、今ではその記憶はない。

オークランドからバスで 文通をしていた ウエリントンのNZ人の家まで南下していく旅がこれから始まるのだが。。。

途中で、数カ所 よって向かった記憶が。

オークランドについてきっとその初めて逢う友人宅に電話をしたのだろうが?

どうやってしたのか?

今でもそこの国に行っても 電話は困る。

国によって所持用が違うので。。。悩んでしまうのだ。

多分このときは宿のおばさんにかけてもらった気がする。

写真でしかお互いみた事がない 文通相手。

これまたまた、逢えるのか?

オークランドからウエリントンまで その間に 温泉があったり ケーブ ようは洞窟があるのだが

これが また見事な幻想的な世界である。

なにがって?

小舟に5、6にんのって そのケーブに入っていく


中は  真っ暗な闇

そこに

いきなり


エメラルドの エメラルド。。。。。

宝石が  星のように きらきらと数えきれないほど


そう、それは 土蛍というものの 光であった

ここでみたエメラルドの満天の星は 忘れられないで 今でも 目をつむれば

浮かんでくる。

バスで 南下しながら 途中でこうして 何個かの街をよりながら 泊まりながら目的地へ向かった。


さあ、次回は その初めて逢う文通相手に会えるでしょうか?

初 一人旅 パート3

  • 2009.06.07 Sunday
  • 22:54
さーて、南半球は この時期は 春から夏。

私は割と軽装でニュージーランドに向かった

飛行機から降りて入国へと  流れにそって きょろきょろしながら歩いていった。

まだ英語なんて できるどころじゃない。

受験英語しかしてきてないから はなせる訳がないのだ。

ましてや なまりがそうとうある英語という事は 後からわかってきた事だが。

じゃーーーーん、入国のときに  いきなり  私だけ  止められて

これがまた 何を言ってるのか?

全く持って 意味が不明、、、、


そして どうやっても 入国させてくれないのだ。

変なものは持ってないし?

何だ?


そう、入国の人も困り果てて どこかの 日本人 アテンダーを呼んできた。

うふふっふ

初めて使う英語は  いきなりこんなトラブルから始まり。

結局は この私 あまりに イージーな旅を始めたもので。

NZから その後向かうオーストラチアへの 用は出国の チケットをその時点で持っていなかったのだ。

そう、当たり前なのだが  帰りのチケットがないと 入れてくれないという話を延々と英語でされて、入国したいなら ここですぐに  ノーマルチケットで買いなさい という事だったのだ。


しかし、ここまでの英語が理解不能で この旅は始まってるいるのだ。


なんとか日本人 アテンダーにヘルプしてもらって  その場で 高額だったが メルボルンに飛ぶ飛行機のチケットを 購入したという訳なのだ。


今から思うと思い切り  笑い話だが。。。

このときは冷や汗もの  


もう 誰か 助けて????


と いわんばかり  であったのだ。


さてさて、入国が 帰りのチケットがないと できない事をこの時点で  初めて知った

私でありまして。


さて、こんな無謀なことで これから先どんな旅になる事やら。


さあ、次は オークランドについていきなり ホテルも何も決めてない私


そこから何が始まるのか?  次回をお楽しみに!



初一人旅 パート2

  • 2009.06.06 Saturday
  • 09:39
季節は 11月だっただろうか?
多分大學の試験が終わって すぐに旅立ったのだろう。

ユースホステルでの宿では マイシーツがいるのだ。それをかばんに入れて
なにかのときのために 薬も入れて・・・

オーストラリアはワーキングホリデーで 回るようにしていた。

この時代には、まだこのシステムは メジャーではなく 国も少なかった。


できるだけ少ない荷物で、日本を飛び立った。
このときはシンガポール経由そして ニュージーランドのオークランドへと入るルートだった。


飛行機も初めての私は、まあ成田空港でも  きょろきょろ。

そして 飛行機での  ドキドキ。

初めは うれしかったな。。。  お!機内で お酒も飲める。(笑い)

となりに 名前も知らない 男性がいた記憶がある。

まづはシンガポールまでの旅、


しかし、このはじめての飛行機で私は めちゃくちゃ怖い体験をしたのだ。


何って?

乱気流に 飛行機が巻き込まれて

飛行機はどれくらい ストーーーんと  下に  エレベーターの超スピードのように  下降した。

もう、このときは  見知らぬ隣の男性に  

「すみません」
と謝って  手を強く握らせてもらった記憶がある。

テーブルのコップなどは、宙に浮いて  ひゅーーーんと落ちていく。

そのときの気持ちといったら・・・

(だから今でも 実は飛行機は嫌いなのだ)

その後何回も飛行機には乗らざる終えなかったが、こんな経験はこのときだけだった。

手を握って、下にかがみこんで。。。

このとき何も考えれなかったな?

ただどれくらいの時間か?
アナウンスでもう大丈夫と機長のアナウンスで 機内は  みんな  拍手が起きた。

やはり初めての私でもこれは異常なんだ?  と想ったのは正解だったようだ。


そして、トランジットの後にオークランドへと向かう。

初めて飛行機の上から見た、ニュージーランドの景色は 奇妙だった。
上のほうから  山の中に  白い  うじ虫のような。。。。


大量の白い ものが。。。

だんだん飛行機が低空飛行を始めると、やっとそれが  羊だと認識できた。

ぎょーーーーえーーーーー。


こんなに、羊が多いのか?

人間は見えないぞ?
家も見えないぞ?

ただ見えるのは  羊だけだった。


そして機体はやっと着陸。


そして、今ではないのだろうが。
このころニュージーランドは農業国で他からの虫やなにかの感染を嫌っていた。

機内の中で いきなり
消毒液が散布されたのだ。

これも驚いた・・・


やっと、長旅がおわって 入国へと向かうのだが。

ううううう


実はここで最大の  難関が待っていたのだ。



(続きを楽しみに・・・)

初めての 海外旅

  • 2009.06.05 Friday
  • 13:45
さあ、 今まで書いてはなかった。

初めての自分の大冒険をかくとしよ・・・


こんな雨の日は。

まだ私が大学生。。。

私は海外も行ったこともなく、国内でも飛行機というものに乗ったことがなかったのだ。


そう大学3年のときか?

これは私が中学から壮大な計画を、練っていたのだ。
お年玉もためて、大学生になったら バイトもしてお金をためて

とにかく  100万たまったら 一人で旅に出ようと。

まだそのころのドルは相当高かった。
そしてフライト代金も 高価なものだった。

まあ中学のころから、私は親にも  一人で 海外に旅に出るといい続けてたので、母も 二つ返事で OKを出してくれた。

このころ大学の友人男友達は 3人ほど 同じようなことを考えてる人間がいた。

一人は アフリカへ。
一人はオーストラリアへ。
一人は 南米へ。

まあみんな、男性だが・・・


私は唯一女で ・・・・でもこの環境にいたときに 特別とも思わなかった。

ためたお金を全部使い切るまで 旅してこよう・・・


まづは、行き先だが なぜ、そのとき私はニュージーランドとオーストラリアを選んだのか?

いまだにわからないが。

ひとつだけいえるのは中学のころから文通をしていた  ニュージーランドの女の子、ウエリントンにある  彼女の家を  はじめに 

会いに行こうと。

そして 少しそこでホームステイさせてもらって、後は

ユースや安宿で 旅をしていこうと。


行き先はきっと、何処でも良かったのだろうが。
この何年も文通していた 彼女との 出会いは ワクワクするものだった。

大学もうまく留年しないように、  考えて単位をとっていき
このいく時期にはできるだけ  長期の休みが取れるように・・・

前もって考えて、動いていた。

しかし、このころの ガイドブックは 地球の歩き方だけだった気がする。


「世界をみよ・・」

と言い残して いった 父の言葉が忘れられなく

そっと、その言葉で 頑張ってきたな・・・

そして何の  飛行機も初めて 知識もない  無謀な旅ははじまったって行くのだ。


(後日 続きを・・お楽しみに)

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

手書き文字

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM